飴買い地蔵(西方寺・寺町5丁目)

飴買い地蔵菩薩
飴買い地蔵菩薩の由来

 藩政時代から伝わる飴買い地蔵菩薩は、不治の病で亡くなった身重の女人を手厚く葬った所、その墓地から赤子の泣き声を聞きつけたお地蔵さんが赤子を可愛そうに思い、飴を買いあたえていたという大変温かみのある話として現在も語り継がれております。
 当時この話は多くの人々に語り継がれ、いつの頃かこのお地蔵を削って煎じて子供に飲ませると病気が治ると言う話が藩主並びに各地に伝わったそうです。結果、大勢の人々が詰め掛け、身を削ってしまうのでお地蔵さんを守るためお堂に安置し供養しています。現在では水子供養・子供の成長を見守るお地蔵さんとして信仰されております

身代わり地蔵菩薩

延命地蔵菩薩

 このような飴買い某の話はかなりあるように思いますが、実際このお地蔵さんは相当に削られていました。いつの世もお地蔵さんは優しく人々を支えてきたようです。
我が身を削り人のために尽くす歴史上の人物でもこんな方が多くいらっしゃったと思います。現代は逆にあまりにも自分のことだけを考え人を傷つけても(我が子、我が親までも)平気な人が多くなったような気がします。
この飴買い地蔵さんは人のあるべき正しい姿を身をもって示してくださっているのかもしれませんね。

(2,001年8月23日早朝撮影)

 

川原地蔵尊(千日町・犀川沿い)


地蔵堂

川原地蔵尊御縁起

 折々当御堂に安置せる地蔵尊の由来を案ずるに元和5年(1619年)国泰寺の住持志謙禅師の建立なり。
 禅師は常に歯痛になやまされその苦痛を感じて同じく衆生の苦しみを救い、その平癒を祈念の為、禅師の念持仏たる地蔵尊の尊像を刻み自らの生歯3本を抜きとり、その頭上に納め腹中には3千の御仏の尊像を画きて納め給うたと云う。
3歯及び3千仏とは過去の千仏、現世の千仏、来世の千仏を意味し是を3世の仏と云う。

 御堂に向かって左に安置せる尊像は厄除延命地蔵尊と称し明和6年(1769年)武蔵の国に於いて3大利益を祈願し刻まれし尊像なり、3大利益とは
1つには我を信ずる者には、寿命長久子孫繁栄のこと、
1つには我を信ずる者には、一切の悪病を除くこと
1つには我を信ずる者には、一切の火難を逃れうること、
 即ち諸々の罪障消滅し現世、来世に安楽を与え給う御誓願なり
 加賀藩主三代前田利常公、江戸在府の折この地蔵菩薩の霊夢を蒙り、早く我を加賀の国に移し衆生済度の利益を与えよとのお告げがあり、家臣に命じて其の尊像の重量を計りしがその重さ百貫の近き地蔵尊なり、しかれどこの尊像を手にとりてみれば軽きこと綿の如くなり、一同不思議の思いにて互いに皆負いて持ち運び当国、国泰寺に寄進されたる希有の尊像なり

 御堂に向かって右に安置せる尊像はその昔、犀川上流で拾い上げたる尊像にて、そのご誓願は一切の水難より逃れしむ為、安置されたる六道能化願土地蔵菩薩像なり、一切衆生を三途八難の苦患より救わんが為の四十八身の施慈を現し給え、爾来歳月を経ること幾百余年、幾多の変遷、堂宇の改廃数度あり、されども大悲の地蔵願土菩薩の衆生みそなわし給う霊験益々あらたかなり。
 されば今日仏縁熟しても参詣恭敬する道衆は当堂の由縁を識り本菩薩の霊験を信じ身心清らかに祈願せば諸願成就現世安穏後生清浄土の悲願を遂げしめ給わんことを

 上記の文章はこの地蔵堂の外に掲げられていました。
 ここでは3体(歯痛地蔵、厄除延命地蔵尊、六道能化願土地蔵菩薩)のお地蔵さんについて説明されています。
この中で私が興味を持ったのは歯痛地蔵と厄除延命地蔵尊です。

 歯痛地蔵は歯痛に苦しんでいた国泰寺の禅師が同じ苦しみをもつ人たちを救おうと自分の歯を3本抜きとって地蔵の頭に納めたとのことです。
 私も経験ありますが歯の痛いのはどうにも我慢できないものですね。でも今なら歯医者へ行けば治ります。そんな歯医者もいない昔、いったい人々はどうやって歯痛をこらえ処置したんだろうと考えました。やはり抜くしかなかったんでしょうか。きっと歯抜けの人間がいっぱいいたでしょうね。
女性の既婚者はお歯黒だしその時代の人の笑い顔を想像するとゾっとします(笑)。
 昔は病にかかると医者というより神仏に祈るしかなかったから、生活の中で神仏を信仰することは万人当たり前のことだったし大事なことだったでしょう。
それに比べると現代は医学の発達で誰もがある程度健康でいられることが容易くなっています。そのせいか神仏を信仰することも少なっているのかもしれません。
 今はそんな時代に生きていることに対してありがたく思い感謝する心をを忘れてはならないと諭して下さっているお地蔵さんに思えました。

 厄除延命地蔵尊のエピソードは面白いですね。三代藩主前田利常公が参勤交代で江戸にいるとき、夢の中に このお地蔵さんが現れ自分を加賀の国へ持って帰り領民を救えと言われたが、重さを量ってみると大変重くどうしようかと思っていたところ、いざ手に取ってみると不思議なことに綿のように軽く自国へ持って帰ることが出来たということです。

 ちょっと道ばたで見かけるお地蔵さんもその歴史を調べると大変面白いドラマが展開されています。その目はいろんな人々をみつめて来ているんでしょうね。

 

(2,001年8月24日早朝撮影)
(2,000年10月早朝撮影)