私のパソコン歴

 

インターネットど素人の私がホームページらしき物を作るまでの歩みです。

初めてのコンピューター

はじめてコンピューターなる物を見たのは、高校の時。学校の授業で機械簿記という科目があり、フローチャートというものを作らされ、それをもとに、金沢の教育センターにあるコンピュータールームでの実習でのこと。そのときは一つの部屋に大きな1台のコンピューターが部屋をほとんど占領するかのようにドンとたっていた。

ベーシック用語

それから、数年後今度は、兄(コンピューターソフト関連の会社に勤めていた。)からもらった中古のパソコンをテレビにつないで、ベーシック用語辞典というのを購入し、そこに書いてある簡単なゲームの作り方を打ち込んで、ゲームができたと喜んでいた。

粗大ゴミパソコン

次には約14年前、IBMのパソコンが会社におかれ、本社よりパソコンになれるため、まずは業務日報やカードなどを毎日打ち込むように言われたが。2,3日もすれば誰も使う者はなく。会社の片隅に粗大ゴミとして何年か置かれた。手書きすれば10分足らずのところを、2時間以上かけて打ち込むのだから、あほらしくてやってられなかった。それほど、素人にはまだまだ無理な代物だった。

ワープロ

約10年前、脱サラしてからどうしても仕事にワープロがいるため20万円ほどのを買った。当時はそのくらいの値段でふつうだった。そのワープロに表計算機能などが付いており重宝していた

帳簿のパソコン

約6年前、兄より兄が教えていた専門学校のパソコンをお下がりとしてもらう。それで店の帳簿などに使い重宝する。

約3年前、またもや兄よりお下がりのノートパソコンをもらう。そこでExcelで商品の在庫表を作り在庫管理に重宝する。次にワープロのヘッドがすり減ったので、一太郎を活用するためキャノンのプリンターを購入する。

インターネットについて少し知る

1997年4月5日名古屋ドームができたばかりの中日ドラゴンズの開幕2戦目、兄がチケットが手に入ったとのことで、運転手になり名古屋へ一緒に行く。仲間と名古屋駅で待ち合わせとのこと、そこはインターネット仲間のオフ会であった。兄はドラゴンズの大ファン(もちろん私も)。ネット上に恐竜会やら星野会やらビバドラゴンズやら、まあいろんなグループがあるらしい。兄はもちろん以前より入っているらしいが、そこで初めてこんな世界があることを知った。待ち合わせ場所で初対面にもかかわらずいろいろ親しく話し、第三者である私にすれば、気味が悪い集団で居心地が悪かった。オフ会とは、全く関係のない人間から見ればものすごく奇妙にうつるものだ。またドームへ行くとあちこちから「中野さん」と全く知らない人から声をかけられ挨拶している。ネット上での仲間だ。ますます気味が悪くなる。

帰りにインターネットとはどんなものか、また掲示板やメールとかニフティとか訳の分からないことを聞き説明を受けたが、今ひとつのみ込めなかった。なぜらば、こんな奇妙な集団、おたくっぽい集団に絶対自分は入りたくないと思っていたのである。

パソコン購入のきっかけ

ここ数ヶ月前までまさか自分がネット中毒になりつつある現在を想像していなかった。まずきっかけは、あるメーカーの営業マンが店へ商品を売り込みに来たことだ。そのメーカーの商品状況をネットを通じてその在庫と納期を把握でき、商品を注文することができるとのことだ。それで注文したら注文数量の多少に関わらず送料が無料になるとのこと。とうとうこんな時代になってきたのかと気づき少し考えさせられた。そんなおり、表計算と一太郎と帳簿づけに使っているパソコンが少し調子悪くなっていた。そしていつも余裕のないのに、たまたまその時お金があった。そこでとうとうヤマダ電気で安いのを買ってしまった。兄に相談すると個人で使うのなら8万何千円の安いのでもいいと言われたが。一応メーカーものの一番安い機種を買った(1999年6月4日)。

インターネットへ

さてそうなると、先の営業マンがすすめた方法で商品の仕入れをしようと思った。ところが店に電話回線が一つしかない。ファックスと兼用で使っているくらいだ。かといって新しく回線を増やすのも金がかかる。なにか、ISDNというのがあるらしいが、それでもプロバイダー料と電話料金がかかるやっぱり金だ。そんな折、新聞の広告を見ると「インターネットどれだけしても電話料かからず」というのが目に入った。金沢市内には今ケーブルテレビのケーブルがくまなく配線されている。そのケーブル回線を特別なモデムにつなぎパソコンにつなぐと言った代物だ。それはスペースLANといい、毎月プロバイダー料込みで24時間使いほうだい5、000円のみ。さっそく、申し込んだ。

つなぐためにはLANボードをパソコンにとりつけなくてはならない。それで購入すべきLANボードをわからないから紙に書いてお店で店員さんにこれをくださいと紙を渡し買ってきた。こうなったら早くつなぎたい一心で繋ぐが繋がらない。それもそのはず、まだメールアドレス、パスワードなどを知らせる登録証が送られていなかった。ようやく登録証が送られてアドレス、パスワードがわかったが、やはり繋がらない。LANボードを取り付けたのはいいがマニュアル通りにやっても繋がらないのだ。そこでこのLANボードはあわないのだと思い電気屋に行って言うがそんなはずはないとのこと。仕方がなく、兄に電話で相談したところLANボードのフロッピーを開いて見てみろといわれ、見るとなんと簡単に繋ぐ方法が書いてあった。本当マニュアルとは回りくどく難しく書いてあるが突き詰めれば単純で簡単なことが多いようだ。

兄のホームページ

そこでようやく繋がり(6月11日)、早速、いろんなことを検索してみる。そういえば、2番目の兄(私には兄が3人いる私は末っ子)が万葉集のホームページやっていたのを思い出し「万葉集」で検索、するとでてきたでてきた、何々「燕翁庵」スワローズファンだから燕か。そこで驚いたのはその兄のお仲間。依然3番目の兄と、名古屋ドームのオフ会の時、みんな兄より歳下で、20代の人が多く学生も多かった。だからネットはほとんど若い人がやっていると思っていたのだ。ところが、「燕巣庵」に来ている人は明らかに私より年輩の人が多い。また主婦の人が多いのもまたびっくり。自分は急に時代から取り残されていたように思えた。そこで初めて兄にネットに繋いだとメールを送ってみた。

次に3番目の兄の名前で検索してみた。すると「若竜闘いの軌跡」なるページがでてきた。そこはドラゴンズの二軍の試合のデーターや選手のデーターが恐ろしいほど詳しく整理されている。それが3番目の兄のホームページだ。まさかそこまで馬鹿ドラ(ちなみに私は若ドラを名のっている)になっているとは思わなかった。(でもファンからは喜ばれているようだ)

ホームページ作成へ

ホームページを作るきっかけになったのは、いろいろネットサーフィンしていたらホームページの作り方なるものがでてきた。パソコンのメモ帳を使って、HTML文書の作成を試みた。なるほどこうすれば色がでて、こうすれば大きくなりなんとおもしろいものか。じゃ簡単に作ってみようと思ったらだんだんエスカレートしていった。こうなったら中毒の一歩手前である。そこでホームページの作成ソフト買おうかなと思っていたら、なに〜このパソコンにFrontPage Expressという作成ソフトが入ってるではないか。また一太郎でも簡単にワープロ感覚で作れるではないか。パソコン買っても誰も説明してくれないからそれすらわからなかった。最初なかなか画像とか送れなく。四苦八苦。やっと送れたかと思い兄に感想を聞くと画像が入ってないとのこと。兄の話では自分のところで入っていても、ちゃんと入れなくては他で見られないとのこと。また、いろんなフォントの字を入れているが機能的に見られないパソコンもあるとのこと。またまたショック。今は画像もすぐ入るようになった。やはり習うより慣れろである。(8月4日)

そして現在

今は素材や壁紙などホームページ作成に関することを探している現在である。(最初、壁紙という言葉がやたらにでてくるのでインテリア関係の人がパソコン多く使っているのかと思った)