本龍寺
「本龍寺」(金石西3−2−23

 芭蕉は一笑の追悼会の翌日(金沢を離れる前日)の23日に宮の腰(現在の金石)を訪れました。金沢の俳人達に誘われてこの宮の腰に遊んだそうです。

 現在金石の本龍寺にこの宮の腰(金石)で芭蕉詠んだ「子鯛さす 柳涼しや 海士がつま」の句碑があります。

芭蕉句碑
 今回金沢における芭蕉ゆかりの地はもちろんウォーキングを兼ねて歩いて取材しました。
ただこの金石の本龍寺に限っては車を利用しました。
 何故ならばちょっとウォーキングで行ってきますという距離ではないからです。半日の遠足程度で行ける距離ですがしかしかなりの距離です。

 長旅途中の滞在地で徒歩で遊びに行く距離としては現在では考えられないことです。明日はまた旅を続けるという時によくもまあ易々とここまで遊びに行けたものです。

本龍寺門前

 それ以上に芭蕉の健脚ぶりに驚かされるのは金沢に入った15日は富山県の高岡を出発し倶利伽羅峠を越えその日の内に金沢に入ったことです。私はそのコースを1日で歩ける自信はまったくありません。それも舗装してない道を草鞋ですから想像を絶することです。

 また24日に金沢を出た芭蕉はその日の夕方小松に着いています。これも驚異的です。私なら前日の金石往復で疲れて寝込んでいるかもしれません。

芭蕉はやはりただ者ではないようです。もしや・・・忍者では・・・
「小坂神社」(山の上町42−1)

 ここは卯辰山の登り口にある神社です。この神社前の長い石段の途中に「芭蕉翁巡錫地碑」があります。
定かではないですがここで芭蕉は句会を開いたと言われています。
碑の側面に同行した立花北枝の「此の山に 神にしあれば 鹿に花」という句が刻まれています。
 この立花北枝については次ページで紹介します。

小坂神社「芭蕉翁巡錫地碑」
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