「宝泉寺」(子来町57)

 ここは卯辰山の麓にあり境内から金沢の街並みを一望できる場所なので私のお気に入りの一つです。

 さて、卯辰山への東山からの登り口子来坂を上がった途中が宝泉寺の入り口になり階段があります。その階段を上った所のすぐ左の植え込みの中に右の石碑が建っています。

これには柳陰軒址と刻まれています。

柳陰軒址(芭蕉句碑)
 俳人鶴屋句空の草庵「柳陰軒」があった場所です。芭蕉が21日に訪ねたと言われています。彼がここで詠んだ「ちる柳 あるじも我も 鐘を聞く」という句が横に刻まれています。

 またこの宝泉寺には金沢出身の幕末の俳人桜井梅室の句碑が二つあります。
「ひと雫けふの命そ菊の露」と、「屋の棟にそふて植けり梅柳梅室」の句碑です。

桜井梅室句碑

願念寺
「願念寺」(野町1−3−82)

 願念寺は国道157号線から忍者寺(妙立寺)の裏門に通じる道にあります。 

 奥の細道には小杉一笑の追善の事が書かれています。一笑は金沢における芭風の先駆をなした俳人で、芭蕉はこの才能に最も注目しておりこの旅で会うのを一番の楽しみにしていました。

芭蕉の碑(塚も動け・・・)
 しかし芭蕉は金沢に到着したその日に前年の霜月6日に一笑が亡くなったこと知りました。そして慟哭したそうです。22日にこの願念寺で追悼会が催され芭蕉は「塚も動け 我が泣く声は 秋の風」とその悲しみを詠みました。


一笑塚
一笑の辞世の句
「心から 雪うつくしや 西の雲」

 芭蕉の「塚も動け」というような激しい句と対照的に一笑の辞世の句はあまりにもやさしい感じがし胸うつものがあります。

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