ウイルス肝炎感染対策ガイドライン(医療機関内)
改訂III版1995
監 修:厚生省保健医療局
エイズ結核感染症課
財団法人 ウイルス肝炎研究財団
序
略語表
●肝炎ウイルス
HAV(A型肝炎ウイルス)
HBV(B型 〃)
HCV(C型 〃)
HDV(D型δ型 〃)
HEV(E型 〃)
HFV?(F型 〃)
HGV(G型 〃)
GBウイルス:GBはこのウイルスに感染していた外科医のイニシャル
へパドナウイルス(hepadna virus 肝・DNAウイルス)
●ウイルス肝炎関連抗原・抗体
HBs抗原(HB surface(表面)抗原)
〃 抗体(HB surface(〃)抗体)
HBc抗体(HB core(芯)抗体)
HCV core抗体(HCV core抗体)
〃 NS抗体(HCV non-structural(非構造領域)抗体)
●検査方法
HI(赤血球凝集阻止法 hemagglutination inhibition test)
PHA(受身赤血球擬集反応法 passive hemagglutination test)
RPHA(逆受身赤血球凝集反応法 reverse hemagglutination test)
PA(ゼラチン粒子凝集反応 particle agglutination)
PCR(ポリメレース連鎖反応 polymerase chain reaction)
EIA(酵素免疫測定法 enzyme immunoassay)
RIA(放射性免疫測定法 radioimmunoassay)
●その他
CID(チンパンジー感染価)
HBIG(高力価HBs抗体含有免疫グロプリンHB immune globulin)
IgM(M型免疫グロプリン)
I 緒言
肝炎もBlumbergが1963年にAustralia抗原を発見,つづいて大河内が1970年にこの抗原を輸血による肝炎の原因に結びつける。それを契機に,4半世紀前までは原因不明,難攻不落のウイルス性疾患とされていた,ウイルス肝炎の病原体も逐次解明される。A型,B型,C型,D型,E型の各肝炎ウイルスがそれぞれ同定され,感染経路の究明とともに,その対策も着実に進歩,成果をあげてきている。さらに腸管系のF型肝炎ウイルス(?),血液由来のGBウイルス,G型肝炎ウイルスの存在まで,水平線上に浮上しようとしている。
このうちでも特にわが団のマグニチュードも大きく,猛威をふるっているのはB型肝炎ウイルス(HBV),C型肝炎ウイルス(HCV)である。結核につぐ第2の国民病に進展する可能性が大きい。感染予防と260万人をこえると推測されるウイルス保有者の抗ウイルス療法,病勢進展の予防が急務となっている。新しい感染者の発生を予防するため,HBV,HCVの輸血後感染防止,医療機関内感染(略,院内感染)対策,HBVの母子感染対策が国をあげて取り組まれ,輝かしい成果をあげている。血清肝炎調査研究班(厚生省,昭和38年)に始まるいわゆる産官学研究態勢の勝利といえよう。当ウイルス肝炎研究財団も,その振興にむけ努力を重ねてまいったものである。しかしなおかつ感染源となるうる極めて多数のウイルス保有者の存在と,ウイルス感染予防の網をくぐりぬける変異ウイルス,新型ウイルスの相次ぐ発見をみると,制圧策戦にはいささかの油断も許されない,いわゆるスクランブル態勢が必要である。
HBVの院内感染がクローズアップされたのは1960年代後半から70年代前半にかけてであった。腎不全の治療法の進展に伴い,不治とされていた腎疾患に人工透析や腎移植が行われるようになって治療上画期的な成果があげられてきたがこのような施設で患者ならびに医療従事者の間にB型肝炎が多発することが日本を含む世界各国から報告された。東京都はこの事態に対応して,1973年末京都ウイルス肝炎B抗原対策専門委員会を設置した。当時,HBV研究は漸く始まったばかりで,文献的にも不十分であり,日本,特に東京都における実態を調査して,その成果にもとづき対策を樹立しようとする世界初の試みであった。その目標はつぎの3課題にわけて進められた。(1)人工透析センターにおける患者と医療従事者間のHBV感染の実態調査と感染発症に対する対策 (2)一般医療機関での感染源と想定される血液や患者と接する医療従事者間における実態調査と感染防止 (3)病院関係に限らず,一般都民の間におけるHBV感染の実態と対策の樹立。
第3の課題究明から,HBVのキャリアの多くがHBe抗原陽性の母からの母子感染によることが世界ではじめて明らかにされる。高力価HBVヒト免疫グロプリン(HBIG)とHBワクチンの投与により,80%以上の高頻度で起っていたHBVキャリアの発生が防止された。国をあげててのプロジェクトであり,わが国の出生児はHBキャリア率が0.04%となり,結核感染(0.05%)のそれを下まわっている。
院内感染対策はこの地域に密着した(1)(2)の課題の実態調査をふまえ,1974年4月,東京都ウイルス肝炎B抗原対策委員会答申として東京都衛生局から世に問われた。その後3年間の調査研究と対策の進展をふまえて,改訂された同専門委員会答申が1978年に上梓された。
この事業は,地方自治体から国への事業として展開し,厚生省肝炎研究連絡協議会B型肝炎研究班にひきつがれ1980年11月B型肝炎医療機関内感染対策ガイドラインが、日本医師会,厚生省公衆衛生局,国立大学,国立病院,日赤病院および血液センター,東京都および各自治体病院の積極的な協力で作成された。1981年1月には日本医師会長より,都道府県郡市区怪医師会長すべてに送付され,その徹底がはかられた。同年,ウイルス肝炎研究財団発足に際し,「ウイルス肝炎とその予防−とくにB型肝炎の院内感染対策−」が同財団から広く配付され,1987年にはその改訂版が出版された。
医療関係者の絶えざる努力と,衛生環境レベルの向上が相まって,ウイルス肝炎の院内感染には医療機関に独自の対策実務が進行している。なお絶滅の域に達していないことは否定できない。
この間,HBVについての知見はさらに集積され HCVの院内感染も人工透析のみならず,一般の医療機関においても相ついで報告されている。そこで,新しく,HCV感染対策を含めた肝炎の院内感染対策ガイドラインがとくに必要なものと考え,従来からの関係各位の熱心な協力を得て,ウイルス肝炎研究財団がそれをまとめようというのである。
各地域および各医療機関の実情にあわせて,このガイドラインが十分に活用されることを願っている。またこのガイドラインはウイルス肝炎以外の血液を介する感染症の対策にも参考になるものと考える。
II 肝炎ウイルスの種類と感染源
1 ウイルス肝炎の疫学
HBVのウイルス保有者は全世界で約3億人,うち2億2千万人がアジアに存在し,5千万人がアフリカ,ラテンアメリカに700万人,中近東に400万人となっており,北米ヨーロッパのウイルス保有者は200万人に満たない。HBV関連疾患による死亡者は,全世界を通して毎年100万人と推定されている(WHO,IARC,1994)。
HCVのウイルス保有者の全世界にわたる調査はまだ十分に行われていないが,欧米では全人口の1%かそれ以下,中近東,アジアでは1〜3%,中央アフリれ エジプトなどではこれより高いとされており,全世界で1億人近いウイルス保有者が存在している。HCV関連疾患による死亡者のマグニチュードはなお明らかでないが,年間30万人という肝癌の死亡者の主要な原因がHBVとHCVによるものである。両者あわせて1994年末では世界中を震撼させているHIV感染者の20倍のマグニチュードを示している。
わが国のHBVおよびHCV保有者の数は厚生省肝炎分子疫学研究班および日赤の初回献血者の陽性率をもとに推定すると,それぞれ110万および160万人,日本全人口の0.9%および1.3%となり,それぞれHIV感染者数(1994年推定)の100倍以上であり,マグニチュードの大きさを示している。
HBVは1970年代初期には全国民の2.7%が保有者であったと推定されたが,現在0.9%と減少しており,さらに19歳まででは0.4%,B型肝炎母子感染防止事業が始められてからの出生児では0.04%と激減している。HCVは高年齢層では50歳以上2.29%を示しているが,若年に向かうほど低下し,20歳代は0.62%となっている。さらに,15歳以下の若年層においては輸血後C型肝炎の既往のある例を除けば,HCV感染者はほとんど認められていない。
![]()
2 肝炎ウイルスの種類と感染源
ウイルス肝炎の型と病原ウイルスとの関係を表2にまとめる。
伝染性肝炎型の病原ウイルスは,A型肝炎ウイルス(HAV)とE型肝炎ウイルス(HEV)が同定されており,このほか未知の肝炎ウイルスも存在する。このうち,HEV感染は,外国で感染し,帰国した例(輸入感染例)が少数見い出されているに過ぎず,わが団ではHAV感染のみが実際には対策の対象となる。
![]()
血清肝炎型の病原ウイルスは,B型肝炎ウイルス(HBV),D型肝炎ウイルス(HDV:かつてはデルタ肝炎と呼ばれていた),C型肝炎ウイルス(HCV)が同定されており,この他に未知の肝炎ウイルスが存在する。このうち,HDVはHBV感染例にのみ感染が成立する不完全ウイルスであり,わが国では感染例は少なく,実際上HBV,HCV感染が対策の対象となる。
HAVの感染例では,ウイルスは発病前から病期にかけて糞便中に排泄され,血液中にも存在するが,HAVが原因となって院内感染が発生することは,例外を除いては認められていない。これに対して,HBV,HCVはウイルス血症の血液(主としてキャリアの血液,時に急性または劇症肝炎病初の血液)が感染源となるため,医療従事者が感染する危険が高く,感染予防対策が必要になる。
HCV感染予防については,ワクチンがなお開発されておらず,γ一グロプリン投与(受動免疫)による予防効果も明らかではないが,ウイルス血症の血液の感染価は104〜106CID/ml*とHBe抗原陽性のHBVキャリアの血液の感染価108CID/mlに比べると低い。そのため,HBV感染予防の一般的注意事項に準拠すればHCVの院内感染がおこることはないと考えてよい。従って本ガイドラインでは,主としてHBVの院内感染予防対策について述べる(HCVの本体,HCV検査法については後述する)。
a)一般的注意事項(HBV,HCV共通)
主要な感染経路は感染粒子(ウイルス)を大量に含む血液を介したものである。
従って,感染対策は血液対策であり,糞便対策,経気道感染対策は特に考える必要はない。
医療機関における(HBV,HCV)の感染は,血液と接触する機会が多ければ多いほど起こる危険度は高く,特にわが国のように無症候性の(HBV,HCV)キャリアの多いところでは,血液の取り扱いには慎重な対応が必要である。
従って,感染対策の一般的注意事項の概要は,次の3項目に留意することが必要となる。すなわち,
(1)血液の検査を行い,感染源を認知すること。
(2)洗浄,消毒,ゴム手袋などの手段により患者相互,患者−医療従事者間相互の感染経路を遮断すること。
(3)医療従事者の定期的なウイルスマーカーの測定と肝機能検査により,肝疾患に対する医療従事者の健康管理を行うこと。
*CID/ml:Chimpanzee infections Dosis
104CID==104倍にまで希釈した血液1mlをチンパンジーに接種した場合に感染が成立するだけのウイルス量。
<管理者注>104=10の4乗=です。「4」は、本来であれば上付きで表示しなければならないのですが。
b)特異的な予防対策(HBV)
HCVについては,免疫グロプリン,ワクチンによる感染予防法は確立されていない。従って特異的な予防はHBVに関してのみ可能である。HBVの特異的な予防法の実際には次の2つの方法がある。
(1)HBVを含む血液材料による汚染事故があった時には,高力価HBs抗体含有免疫グロプリン(HBIG)をできるだけ早く(遅くとも48時間以内に)投与し,必要に応じてHBワクチンを伴用して,HBV感染を防ぐこと。
(2)血液に直接ふれる機会の多い医療従事者のうち,HBs抗原,抗体陰性者にあらかじめHBワクチンを接種して免疫を獲得させておくことなどが必要である。
(1),(2)の予防プログラムの実際は図(略)に示す通りである。
3 B型肝炎ウイルス(HBV)の本体
B型肝炎ウイルス(HBV)は,直径42nmの二重構造をもつDNA型ウイルス(Dane粒子ともいう)であり,ヘパドナウイルスグループに属する。
ウイルス粒子は直径27nmの芯(コア,Core)と,これを被う外殻(HBs抗原 オーストラリア抗原ともいう)より成る。HBs抗原はウイルスの外殻(エンベロープ)を構成するほかに,ウイルス粒子とは別個に直径22nmの小型球形粒子,あるいは管状粒子としても存在し,それぞれDane粒子の500倍〜1000倍,50倍〜100倍の密度で流血中に存在している。
HBVに関連する抗原構造はHBs抗原のほかに,芯(コア,Core)の表面のHBc抗原およびcoreの内部のHBe抗原の3種類より成る。なお,HBe抗原は,ウイルス粒子とは別個に,HBVキャリアの血清中にHBe抗原蛋白としても存在する。Core粒子の内部にはHBV DNA,DNAポリメラーゼも存在する。 なお,HBs抗僚には主として4つのサブタイプ(adr,adw,ayw,ayr型)があり,その型は各地域に特徴ある分布を示している。
4 B型肝炎ウイルス(HBV)の検査法
感染予防対策に,最も重要なことは,被験者が(1)現在HBVに感染しているか,(2)一過性にHBVに感染した後に回復し,既に免疫を獲得しているか否か,知ることである。
現在HBVに感染している(血清中に感染源としてのHBVが存在する)ことを知るためには,血清中のHBs抗原を検査することが必要である。その検査法としては,逆受身血球凝集反応(R−PHA法),酵素抗体法(EIA法),ラジオイムノアッセイは(RIA法)等の方法が用いられる。
血清中にHBs抗原が検出されれば,その時点で,HBVに感染している(血中にHBVが存在する)ということになる。なお,HBVの急性感染では,HBs抗原は肝障害に先だって,血中に出現する。HBs抗原が6カ月以上の間隔をおいて引き続き検出されれば,その人は持続感染者(HBVキャリア)と認定される。
HBs抗原の存在が認められた時には,必要があればさらに次の項目についても検査する。
HBc抗体:この抗体価が高値(200倍希釈血清でのEIA法又はRIA法による阻止率70%,HI法で26倍以上)の場合には,持続性のHBV感染であると推定でき,HBc抗体価が低い値を示す一過性の感染とは一時点の検査で区別できる。
HBe抗原:これが陽性の時は,感染性が高いことを示す。
HBe抗体:これが陽性の時は,感染性が低いことを示す。
HBV関連DNAポリメラーゼ活性およびHBV DNA:これはHBVそのものの存在の確認,ウイルス量の推定に役立つ。
IgM型 HBc抗体:B型急性肝炎では発症から2〜12ヶ月まで陽性化し,B型急性肝炎の確定診断に役立つ。B型慢性肝炎でも低値に陽性化することがある。
HBVのサブタイプの決定:感染経路の追求に役立つ。
過去にHBVの感染を受け,すでに免疫を獲得していることを調べる最も実用的な方法は,HBs抗体の測定である。その方法としては,我国では受身赤血球凝集反応(PHA法)が簡便で感度が良いこと,抗体価を知ることができることから推奨できる。
HBs抗体が認められれば,過去にHBVに感染したことを示し,通常この場合はHBs抗原は認められず,HBVが宿主から排除されすでに免疫を獲得していることを意味する。HBs抗体は,その免疫を上回る量のHBVの侵入がない限り,HBVの感染を防禦する中和抗体としての鋤きをする。
5 C型肝炎ウイルス(HCV)の本体
C型肝炎ウイルス(HCV)は,直径約55nmの二重構造を持つRNA型ウイルスであり,フラビウイルス科に属する。
ウイルス粒子は,直径約33nmの芯(コア,Core)と,これを被う外殻(エンベロープ)より成る。1989年にその遺伝子の断片が見出されたことを契機として,本体が明らかになった(かつて非A非B型肝炎ウイルスと呼ばれていたものの殆どがHCVである)。
6 C型肝炎ウイルス(HCV)の検査法
HBVと同様,感染予防対策上最も重要なことは,被検者が(1)現在HCVに感決しているか,(2)過去に感染し,抗体は検出されるが,現在は血中にウイルスは存存していないか,を知ることである。 HCV感染の有無はHCVに対する抗体(感染抗体)の測定により知ることができる。現時点では感度がよく偽陰性の反応を示すことが少ないことからHCVの構造蛋白に対する抗体(core抗体)と非構造蛋白に対する抗体(NS抗体)とを同時に測定できる,いわゆる第二世代の測定系を用いることが推奨される。HCV抗体の検査法としては,赤血球又は,ゼラチン粒子凝集法(PHA法,PA法),酵素抗体法(EIA法),ラジオイムノアッセイ法(RIA法)等の方法が用いられる。
注)第二世代の測定系により抗体(以下この方法により検出される抗体をHCV抗体と記す)が検出された場合は,以下の検査を追加して行うことが望ましい。
HCV抗体価を半定量的に表現できる凝集法(PHA法又はPA法)を用いて,血清を倍々希釈することにより,最終力価(2N倍で表現)を求める。
1)HCV抗体が高力価(212〜213以上:PHA価又はPA価)を示す場合は,そのほとんどがHCVに感染している(HCVが血中に存在する)ことを示している。
2)HCV抗体が低〜中力価(24〜211:PHA価又はPA価)を示す場合には,HCVが血中に存在する場合と,抗体は検出されるが血中にHCVが存在しない場合とがある。
3)この場合には,HCV RNAの検出により,両者を区別することができる。
・ HCVのcore抗体価を測定することも,両者を区別する際の参考となる。
![]()
III B型およびC型肝炎院内感染予防体制
B型およびC型肝炎の院内感染予防対策を推進していくためには,各地域または各医療機関の実情に即したきめの細かい実施計画の立案,調整,効果の評価等にあたる中心的機関として委員会の設置が望ましい。
院内感染対策委員会あるいはウイルス肝炎予防対策委員会(以下委員会と称する)は次の各事項を立案,実施する。
(1)各職種,各職場ごとの予防対策に関すること
(2)予防対策実施の監視と指導に関すること
(3)職員の教育に関すること
(4)職員のB型およびC型肝炎定期検診及び患者のHBs抗原,HCV抗体検出検査の計画,調整,実施に関すること
(5)検査結果に基づく判定及び該当職員,患者への指示,通知等に関すること
(6)感染に関連する事故等における記録,その他に関すること
(7)HBワクチンによる感染予防などに関すること
(8)汚染事故に対する処置(B型肝炎にはHBIG,HBワクチンの投与)などの記録に関すること
(9)その他感染予防に関し必要と認める事項
委員会の構成:各医療機関の実情に応じて適当な委員数をもって構成し,委員長は各医療機関の責任者をあてることが望ましい。
![]()
lV患者への対策
HBVの医療従事者への感染を予防するのに最も重要なことは,感染源の認知,すなわちその患者がHBs抗原陽性あるいはHCV抗体陽性であることを知ったうえで,その感染経路を遮断することでなければならない。なお,HBs抗原陽性者についてはさらにHBe抗原の有無に関しても検査が必要である。また,HCV抗体陽性例についてはHCV RNA検査など,キャリアかどうかの判定が必要である。
医療上の感染事故として最も多いのは,血液材料で汚染された注射針をつきさすことによる経皮的な感染であり,全国で報告された事例の約3/4を占めている(表3)。したがって,注射,点滴,血液透析あるいは手術などの観血的処置に際しては,十分な注意が必要である。
通常の注射針は1回限りの使い捨て (デイスポ)を用い,再使用を避ける。注射筒はガラス製であれば使用後直ちに0.1%次亜温素酸ソーダを含む溶液につけ,手袋をして水道水で十分洗浄した後に滅菌する。血液による汚染の可能性がある場合はデイスポの注射筒を用い,捨てるときには感染源にならないよう注意する注。
患者がHBs抗原陽性あるいはHCV抗体陽性であるという理由のみで,隔離する必要性は全くない。また,一般の非観血的な診療に際しても,HBs抗原陽性およびHCV抗体陽性患者は一般患者と何ら区別する必要はない。
使用ずみの針には慎重に再びキャップをかぶせ,耐水性のバックに入れるか,あるいはフタ付きのガラス製の空きビンなどの中に入れ注,焼却または加熱滅菌して捨てる。
注1.注射針にキャップをかぶせないで,耐水性のバッグに入れるか,あるいはそのまま放置すると,ゴミの処理の際の刺傷事故につながるため注意を要する。
注2.フタつきの容器に入れる場合は,必ずしも注射針に再びキャップをかぶせる必要はない。この際,いかに安全に容器の中へ注射針を入れるかについては各自の工夫が必要であろう(口の大きいものがよい)。
注3.注射針を多く消費する場所ごとに専用容器を用意し,この中にあらかじめ0.1%次亜塩素酸ソータ溶液を必量入れておくのも一つの方法であろう。
注4.図に示すようなキャップのつけ方もリキャップ時の針刺事故を防止するための工夫の1つであろう。
![]()
1 患者のHBs抗原およぴHCV抗体検査の実施
検査は各機関の実情に応じて施行するが,検査の対象患者はすべての入院患者及び医師が必要と認める外来患者とする。なお,HCV抗体陽性者についてはキャリアかどうかの判定が必要である。
2 HBs抗原陽性患者(HBVキャリア)およぴHCVキャリアへの対応
(1)HBVおよびHCVキャリアの認識
HBVおよびHCVキャリアを診療する医療従事責任者には,その患者が陽性であることを確実に知り得るように配慮する。特にこれらキャリアを他科に紹介したり手術を行う場合には,具体的な肝炎ウイルスマーカーの検査結果を通知する。
(2)HBVおよびHCVキャリアの診察に従事する場合の注意
前述したように,感染事故の3/4は注射針を介しての経皮感染であることから,特に注射針の取扱いには注意する。
HBVおよびHCVキャリアの観血的診察(手術その他)にあたっては,感染事故を防ぐように十分注意し,特に手指に創傷や炎症のある場合にはゴム手袋を使用する。また,血液の飛沫をあぴるおそれのあるときには,必要に応じて予防衣,マスク,メガネを着用することが望ましい。
(3)汚染された場合の処置
血液で手指が汚染された場合には,ただちに流水で十分に水洗する。もしそれが困難な場合は,次亜塩素酸液(「消毒法」参照)を浸した脱脂綿で汚染物を拭きとる。また,着衣,ベッド,机,床などが汚染された場合には,ただちに紙,布等で血液を拭きとったあと,流水で十分に水洗するか次亜塩素酸ソータ溶液で消毒する。
(4)その他の注意事項
各職種,各職場での特殊事情を考慮して,機関それぞれの委員会において個別に決定する。なお,ペダル式またはひじ式の水道を各診療室,検査室,各病棟看護婦勤務室に常置し,栓に手が直接触れることなく直ちに水洗できるようにすることが望ましい。
3 血液に接する機会の多い職員への指導
医療機関内の勤務職員,特に患者血液に触れる機会の多い職員は,血液がB型肝炎またはC型肝炎の感染源となりうる可能性のみでなく,他の病原体の感染源ともなりうることを認識しておくべきである。これはB型およびC型肝炎対策に限ることなく,感染症に対する医療従事者としての守るべき一般的な注意である。
気がつかないような小さな皮膚の傷や,かすり傷,水よくれ,火傷などからの経皮感染,口でのピペット操作による誤飲,眼に血液がはねたり,汚染された手から口腔粘膜への感染の可能性が考えられる。したがって,注射針の取り扱いに注意すること,荒れた手や炎症をおこしている手で直接感染源に触れないこと,またピペットは口ですう以外の操作法にかえること,さらに病棟,検査室での飲食や喫煙,鉛筆をなめること,眼をこすったりしないようにすること等にたえず注意して感染を起こすことのないように指導する。特に処置後の医療器械や検体を取り扱う場所での飲食と喫煙は厳禁すべきである。
使用済みの器具はできるだけ速やかに,可能な限り本人が水または消毒液に痩すなど適切な処理をすること。
4 HBVおよぴHCVキャリアへの入院中の指導
入院中のHBV及びHCVキャリアに対して,血液の汚染があった時に,良く水洗すること,またカミソリ,歯ブラシ,タオルなどは専用とするように指導する。
以下の項目については,一般患者と特に区別する必要はない。
(1)行動制限
行動は特に制限する必要はない。
(2)面会
面会は特に制限する必要はない。
(3)入浴,理髪
入浴,理髪については,HBVおよびHCVキャリアであるという理由のみでは特に制限しない。
(4)食器,飲科水
食器や飲料水は一般患者の場合と同様に扱ってよい。
他の患者と区別して使い捨ての食器を用いる必要はない。
(5)排尿,排便後の処置
排尿,排便後は手をよく洗うように指導する。
(6)本,雑誌,玩具
血液の汚染のない限り,特別な処置を必要としない。
血液で汚染された時には,よく洗って消毒液で拭いておく。子供の玩具の共用はさけるようにする。
5 HBVおよびHCVキャリアへの退院後の指導
HBVおよぴHCVキャリアが退院する場合には,次の通り指導する。
(1)出血時の注意
傷,皮膚炎あるいは鼻出血はできるだけ自分で手当をし,また手当を受ける場合には,他人に血液がつかないように注意する。血液の付着物は密封して廃棄し,廃棄できないものは自分で十分に水洗する。
(2)日用品の専用
カミソリ,歯ブラシ,タオルなどは専用とする。
(3)供血の禁止
輸血のための供血をしないように注意する。
(4)乳幼児に接する時の注意
乳幼児に,口うつしに食物を与えないように指導する。
(5)月経時の処置
月経時の処置に際しては,処置後に手指を流水で十分に水洗する。
(6)排尿,排便後の処置
排尿,排便後は子をよく水洗する。
(7)汚物等の処理
分地物などの汚物は,ただちに便所に捨てるか,密封して廃棄する。
(8)定期検診
医師の指示に基づき定期的に肝機能検査を受けるように指導する。
(9)HBVキャリア
その婚約者および生活をともにする家族で,HBs抗体陰性者についてはHBワクチンによる予防を考慮する。
医療従事者がHBVおよびHCVに感染することを防止する最も基本的かつ衛生的な方法は,医療上の常識とみなしうる,感染予防に関する原則的な注意事項を忠実に実行するのが第一である。これはB型およびC型肝炎感染予防対策に限ることではない。一般の医療機関で全ての患者あるいは患者材料に対して守られるべきことである。これらの原則に関する忠実な履行が,院内の医療従事者の健康を守る上で必要であるだけでなく,各医療機関の医療レベル向上のためにも必須の事項である。
V 院内職員への対策
日常の健康管理と感染に関連する事故時の対応が必要である。
![]()
A:健健管理と指導
医療従事者がHBVあるいはHCVに感染したり,あるいはB型あるいはC型肝炎を発症することを防止するためには,患者がHBVあるいはHCVキャリアであることを知ることが必要であるが,それと同時に,医療従事者のHBVおよぴHCVの感染状況を正確に把握したうえで,適切な注意,指導を行わなければならない。
1 職員のB型肝炎定期検診の実施
医療機関におけるHBVあるいはHCVの感染を予防し,健康管理に資することを目的として,職員のB型およぴC型肝炎定期検診(以下「定期検診」という)を実施する。検診の対象者は,医療機関内に勤務する職員とする。検診は委員会が行うが,検診の実施にあたっては,委員会の指示に従い職員が相互に協力して実施するものとする。検診における検査項目としては,HBs抗原,HBs抗体,HCV抗体の測定を必須とする。なお同時に肝機能検査(GOT,GPTなど)を行うことが望ましい。定期検診の頻度は,次の表を参考基準として,委員会が決定する。
新規職員は,採用後できるだけすみやかに検診を行う。なお,HBs抗原およびHCV抗体の検査結果を採用の条件としてはならない。
2 HBs抗体陽性の職員への対応
HBs抗体陽性の職員は過去にHBVの感染を受けたものである。HBVに対して感染防御の免疫をもっているものであり,通常の偶発事故による感染でB型肝炎を発症することは,ほとんどない。したがって,以後のB型肝炎予防のための定期検診は頻回の必要はない。ただ,将来抗体が検出されなくなった場合の感染防御能はなお不明なので,年1回程度の定期検診をうけるのが望ましい。
3 初回検診時にHBs抗原が陽性である職員への対応
初回検診時にHBs抗原が陽性である職員は,まれには最近HBVの感染をうけ,HBs抗原が陽転したばかりのものも含まれているが,そのほとんどはHBVキャリアである。その場合にはHBe抗原およびHBe抗体の検査を行う。HBs抗原陽性で肝機能検査に異常を認めないものは,原則として無症候性HBVキャリアとして取り扱う。また肝機能に異常を認めた場合には,HBs抗原陽性の慢性肝疾患と急性B型肝炎との鑑別を行うことが必要であり,いずれも医師に受診させてその指示に従う。
4 初回検診時にHCV抗体が陽性である職員への対応
初回検診時にHCV抗体が陽性である職員についてはHCV RNA検査を行う。これが陽性ならばHCVキャリア,陰性ならば過去のHCV感染によるHCV抗体陽性例(この場合,HCVコア抗体は低値)である。HCVキャリアについては医師を受診し,その指示に従う。
5 HBVおよぴHCVキャリアの職員への対応
キャリアである職員に対しては,次の通り管理指導を行う。
(1)感染予防指導
キャリアである職員は出血時の注意,日用品の専用,輸血のための供血の禁止,乳幼児に接する時の注意,月経時の処置 排尿,排便時の処置などの感染予防のための注意事項を守る限り,医療従事者として勤務して差し支えない。委員会は当該職員に対して上記の事項について個別的に指導を行う。
(2)健康管理
無症候性キャリアである職員は 状態に応じて,3〜12ヶ月ごとに定期的に受診するよう指導する。
(3)労働条件
無症候性キャリアである職員は,一般健康人と同様に通常の労働に従事して差し支えなく,労働軽減など特別の措置は必要ない。
なお,肝機能障害を認める場合は,担当医師の指示に従う。
6 HBs抗原あるいはHCV抗体が陽転した職員への対応
HBs抗原あるいはHCV抗体が陰性者であった職員が,2回目以後の定期検診において陽性となった場合には,速やかに肝機能を含めて,再検査を実施する。その結果,HBs抗原あるいはHCV抗体が陽性と確認された場合には医師に受診させて,その指示に従う。肝機能検査(GOT,GPT)に異常のある場合には,急性B型あるいはC型肝炎の疑いがある。肝機能検査に異常の認められない場合は,(1)急性B型肝炎の潜伏期(2)HBVあるいはHCVの不顕性感染状態(3)HBs抗原あるいはHCV抗体が陽性であるが,抗原価あるいは抗体価が低値であるため,これまでの検診で陰性と判定されていたものが含まれているので,経過観察をつづける。
7 HBs抗原,HBs抗体およぴHCV抗体陰性職員への対応
HBs抗原 抗体陰性職員は,将来HBVの感染,発症の危険性が高いものと考えられることから,必要に応じてHBワクチンによる予防を行い,定期検診を必ず受けるようにする。
一方,HCV抗体陰性職員については,特に予防法はないために,定期検診を受けるようにする。
B:感染に関する事故時の対応
事故などによるHBV感染に対しては,原則として,HBs抗原・抗体陰性者を対象として高力価HBs抗体含有免疫グロプリン(HBIG)およびHBワクチンの投与によりB型肝炎の発症を防止する必要がある。
HBIGは事故後できるだけ速やかに授与する。これらについては記録として残す必要がある。
一方,HCV感染に対しては特異的な予防法がないために,現状では事実を記録としてとどめ,対応としては2〜
4週毎の肝機能(GOT,GPT)およびHCV抗体などの定期検査を6ヵ月まで続け,感染および肝炎の発症がないかどうかを確認する。感染が成立する可能性は極めて低率(約1%)である。万一発症した場合には6〜12ヵ月間経過をみて,慢性化の可能性がある場合には治療を考慮する。なお,発症しても,30〜40%が自然治癒する可能性がある。
Vl 消毒法
HBVおよびHCVに汚染された場合の汚染除去措置については,すでに述べた(「IV 患者への対策」を参照のこと)。通常の手洗いは普通の石鹸を用いて流水でよく洗うことで十分である。
器械,器具等の消毒は,使用後すみやかに流水で十分に洗浄することである。消毒法として最も信頼性の高い方法は加熱滅菌であり,薬物消毒は加熱滅菌のできない場合に用いる。加熱滅菌,薬物消毒のいずれも不可能な場合は,更に丹念に流水により洗浄すれば,汚染したHBVおよびHCVの感染性をより完全に除去することができる。これは,肝炎ウイルスに限らず,ウイルスで汚染されたときの最も基本的な処置である。
1 加熱滅菌
流水により十分に洗浄したのち,一般に病原性微生物の消毒法として用いられている次の方法により完全に滅菌される。
(1)オートクレープ消毒
(2)乾熱滅菌
(3)煮沸消毒(15分以上)
2 薬物消毒
薬物消毒のうち,HBVおよびHCVに対しての疫学的検討から有効性が確認され,また最も広く用いられているものは塩素系消毒剤である。しかし,金属材料に対しては,本剤は腐触作用があるので,非塩素系消毒剤を用いる。なお,消毒する対象物が蛋白質でおおわれている場合には,薬物により蛋白質が凝固し薬物の効果が不十分となりやすいので,作用時間を長くすることが必要である。いずれにしても,使用後すみやかに十分に洗浄した後に,薬物消毒することが望ましい。
(1)塩素系消毒剤
次亜塩素酸剤(注)
有効塩素濃度1,000ppm
消毒時間 1時間
(2)非塩素系消毒剤
(イ)2%グルタール・アルデヒド液
(ロ)エチレン・オキサイドガス
(ハ)ホルム・アルデヒド(ホルマリン)ガス
(注)次亜塩素剤の商品名は次のとおりである。
クロラックス,ピューラックス,ピューラックス10,ハイター,ミルトン
(注)有効塩素濃度とするための希釈例は次のとおりである。
クロラックス(6%),ピューラックスの場合,有効塩素濃度,1,000ppmをつくるには,50〜60倍に水で希釈する。
(注)グルタール・アルデヒド液の商品名は次のとおりである。
ステリハイド
(注)消毒用エタノールは無効である。
(注)上記以外の消毒薬については、その有効性についての確実な成績はない。